next up previous contents
Next: 1.2 ビーム光学 Up: 1. 全体デザイン Previous: 1. 全体デザイン

1.1 はじめに

本サブグループは、50 GeV-15$\mu$Aの大強度ビームを取り扱うビームライン施設を設計する。設計にあたって目標としたことは、概ね次のとおりである。

  1. 拡張性
     我々が最初に建設しうる実験施設は面積、規模の点からいっても非常に限られたものである。50 GeV-15$\mu$Aという魅力的なビームを将来にわたり有効活用して物理を進めるためには第二期、第三期・・・・の拡張が不可欠である。そこで第一期の建設においては、最初は多少不自由でも将来の拡張が容易な実験室、ビームライン構造を採用することが重要である。具体的にはビームに対する実験室の横幅をできる限り広く取り、60 mとする。そして、その全域をカバーできる40トン天井クレーンを配備する。反対にビームに平行な方向は56 mであるが、この方向への将来の拡張は容易である。また、拡張時に既存のクレーンをそのまま使えるという利点がある。56 mという長さは2 GeV/cクラスの二段分離K中間子ビームラインを設置するためには、ほぼ最低限のものであろう。第一期における主生成標的(30%ロス標的)は一カ所のみ設置可能である。将来、一次ビームラインを延長し、複数の標的をカスケード配置する場合にはすでにその有効性が実証されているビームスインガー光学を用いる。拡張時に潜在的な問題となると考えられる問題はビームダンプの移動である。これもあらかじめ一体として移動可能な「可動ダンプ」として設計、建設しておくことで対応する。
  2. 多用途性
     将来の物理の進展を考える時に、大強度の荷電二次粒子ビームを生成収集するための設備ばかりではなく、大強度中性粒子ビーム、あるいは高運動量ビームや一次ビームの直接利用という選択肢を準備する事は重要である。現在、第一期において建設しうる施設の面積が非常に限られているため、それらのための設備の全てを第一期で建設することは非常に困難である。しかし、将来の可能性を確保するための方策は準備されている。そのなかでも最も重要な点は、末広がり的な構造を持つ長いスイッチヤードを準備したことである。このスイッチヤードでは
    1. 一次ビームのハローを除去し、下流部のビームロス(線ロス)を減少させる。
    2. ビーム高を約3 m上昇させ、加速器取り出し部からのバックグラウンド粒子が実験室に到達しないようにする。同時に実験室建設の土木工事費を軽減する。
    3. いくつかの小標的を設置し、テストビームラインに二次ビームを供給する。
    というような役割が担われている。これらとは別に全長250 mの長さを利用し、一次ビームを振りわけ、あるいは切り分けて第二、第三の一次ビームラインが設置可能であるように設計されている。これらはそれぞれ中性粒子ビームライン並びに一次粒子直接利用(高運動量)ビームラインとして利用されることが想定されている。スイッチヤードにも全長にわたり40トンクレーンが準備されている。また、このクレーンは加速器の取り出し機器が設置されている部分まで延長され、加速器のメンテナンスにも活用されることになっている。
  3. 安定性
     これらすべてのシステムが安定に動作する事が重要である。50 GeV-15$\mu$Aという未曾有の大強度ビームを取り扱うビームライン設備では、耐放射線性のみならず耐熱性の吟味が重要である。ビームライン設備では、標的やダンプといった原理的にビーム損失が避けられない部分がある。それらの部分において、750 kWというビームパワーが誘起する大量の熱を効率良く除去する必要がある。除熱がうまくいかなければ、それらの部分はたちまち融解してしまうであろう。また標的を直接見込む機器、たとえば二次ビームラインの最初の電磁石などは、生成標的から放射されてくるエネルギーに直接曝されることとなる。いくつかの計算の結果、この部分の熱エネルギーの方が、標的内部に残る熱エネルギーより数倍大きいことが判っている。したがって、標的と二次ビームラインとの間に除熱効率の良いコリメータの設置は不可欠である。
     我々はすでにほとんど全てのビームライン機器を、完全にミネラルな要素から組み立てることに成功している。このことは、事実上無限の耐放射線性を有する機器の製造に成功しているということである。これらの機器は、通常の運転下ではほとんど放射線で破壊されることはないが、機器の異常操作からくる損耗、並びに上記の熱の問題から誘起される損耗に対処するために定期的なメンテナンスは不可欠である。基本的に、このメンテナンスは遮蔽壁を介して人手(オンハンド)で実施される予定である。その際遮蔽壁を介しているとはいえ、作業者が安全に保守作業できる時間は数分のオーダーである。そこで、電磁石やビームモニターなどを交換しようとする場合には、水、電気、真空などが遠隔・即着脱システムによって交換される機器に供給されている事が不可欠である。我々はすでにその一連の開発に成功しているが、なお効率の良い、かつ安価なシステムの構築にむけて現在も努力中である。 耐放射線性並びに耐熱性を有する機器を準備し、ビームラインを基本的にメンテナンスフリーとすることと、万一の場合に備えて即着脱システムを有する遠隔メンテナンス技術の確立は、ビームラインの安定運転のための車輪の両輪であるといえよう。今後1-2年のうちに、上記の除熱の問題を解決するとともに、オンハンド・メンテナンスの具体的な方式を確立する。

以上の3点を念頭に置きながら設計されつつある実験室ならびにスイッチヤードのレイアウトを図1.1に示す。加速器から取り出されたビームはまず4度右に振られ、再び4度振り戻される。その後80 mの斜め振り上げ部で2.9 m上昇する。この斜め振り上げ部のほぼ中央に第一スプリット点があり、ここでBライン(EP-B)が分岐する。直進する主ビームラインがAライン(EP-A)である。第一スプリットでの分岐ロスは2%が仮定されている。斜め振り上げ部までのスイッチヤードの横幅は8 mである。振り上げが終了してすぐにスイッチヤードの幅は16 mとなる。この幅広部分にテストビームライン用のT0標的(0.5%ロス)並びにBからCへの分岐である第2スプリット(2%ロス)が配置される。また機器搬入口が設置され、電源室、機械室からの連絡トンネルが接続される。

実験室に導かれたAライン(EP-A)はT1標的(30%ロス)を照射した後、ビームダンプで吸収される。Bライン(EP-B)はK0標的(30%ロス)を照射する。Cライン(EP-C)は一次ビーム専用で、実験室の最下流部まで導かれる。第一、第二スプリットはランバートソン磁石を使用する予定であるが、第一スプリットに2%ロスの標的T(-1)を設置することにより、B、Cラインを当面は高運動量二次ビームラインとしても使用する事も可能である。当初考えていたような、T0標的からB、Cラインへのブリッジラインを設ける事は、次のような理由で現実的ではない。

  1. 取り出し角度が大きくなり、高運動量二次粒子の収量が少ない。
  2. 将来のテストビーム実験室の増設のためにT0付近の遮蔽壁は取り壊し可能なように薄く作らねばならず、また増設工事時に取り除かれる予定の周辺土壌を放射化させないために、T0標的はテスト実験室完成までは設置出来ない。

上記の設計において、ビームロスが2%のランバートソン磁石が設計可能であるかどうかは、現状では明らかではない。放射線的には全く問題ないが、ビーム分割部分の鉄の発熱を十分に取り除きうるかどうかが未解決である。K0のような標的直近において、コンパクトなスペースで数百kWの熱を受け止めうるビームダンプを設置できるかどうかも、技術的に未知数である。この意味で、B、Cラインの設計は未だ概念的なものである。

我々は、本中間まとめで50 GeV-15$\mu$Aの大強度ビームを取り扱うビームライン施設の設計の、現在での到達点をまとめた。まず第1章において、採用するビーム光学、用いるべき耐放射線電磁石、並びに転用しうる既存電磁石、電源などについてまとめた。第2章、第4章においては本計画の最重要にして最難関である熱と放射線の問題をどのように解決してゆくかについて述べた。第3章では、高放射化機材のメンテナンスに絶対に必要な、即着脱システムの開発状況がまとめられている。第5章では、本実験設備の設計にあたって指針となった放射線防護上の諸問題がまとめられている。第6章には、受電、空調などを含む設備全般の詳細が述べられている。これらはこれから実施設計にはいるまえに、今一度首尾一貫した形でまとめておく必要があったからである。同時に、将来第二期、第三期の設計・建設を担当する人々が、最初の設計を行った我々の設計指針を理解できるよう配慮したからである。我々は今回の設計にあたって、まずハドロン実験室のモックアップをつくって採用すべき技術の取捨選択、検討を行った。第7章にはこのモックアップの現状とそこで行われたいくつかのテストが紹介されている。最後に今後の建設スケジュールと予想される二次粒子収量、DCセパレータの開発が付録として添付されている。

我々は本年度(平成14年度)中にスイッチヤード部の最終設計を、そして来年度(平成15年度)中に実験室部分の最終設計を完了させなければならない。電磁石、モニター等の機器の発注も平成16年度に開始される。我々に残された時間は短い。ここで問題点を整理整頓し、残された時間を有効に使うように心がけよう。

図 1.1: 遅い取り出しビームラインとビームスイッチヤード
switchyard.jpg


next up previous contents
Next: 1.2 ビーム光学 Up: 1. 全体デザイン Previous: 1. 全体デザイン
Yoshinori Sato
平成14年9月11日