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5.4.1 NO$_{x}$生成量推定の動機

現在建設が進められている大強度陽子加速器計画では、50GeV、15$\mu$Aの陽子ビームを取り扱うため、施設の設計にはビームライントンネル内空気の放射化や有害ガスの発生、また電磁石やターゲット冷却水の放射化についての定量的な見積もりが必要である。

加速器運転中トンネル内空気中には、放射線分解により、オゾン、OHラジカル、窒素酸化物(NO$_{x}$)等が生成する。また放射線分解で生成したOHラジカル及び窒素酸化物は、化学結合し硝酸類(HNO$_{2}$及びHNO$_{3}$)を形成することが知られている。硝酸類が大量に生成された場合、ビームライントンネル内の各種機器表面等に付着する硝酸の量によっては、金属表面の腐食を引き起こし、ひいては機器の性能劣化や故障につながることが懸念される。

現行の12 GeV-PSでの約半年間にわたる速い取り出しビーム実験終了後に行なわれたニュートリノビームライントンネル内でのスミア調査によれば、硝酸量、トリチウム濃度ともにビームライン下流にいくほど高くなる傾向を示しており、上流のH13マグネット横壁で $2.2\times 10^{-4}~(mg/cm^{2})$、アーク部出口の脱出口壁面で $6.6\times 10^{-4}~(mg/cm^{2})$となっている。特にニュートリノターゲットステーション内では外部に比べて約2桁程高く、 $1.0\times 10^{-2}~(mg/cm^{2})$程度になっている。

また、この間にH31電磁石付近のビームパイプ内の一部区間が空気になっており、約半年間のビーム照射後に点検のためダクトを開けたところ窒素酸化物と思われる褐色の気体が認められたという報告があった。窒素酸化物が視認できる濃度はおおむね10 ppm以上という経験則から、かなりの量の窒素酸化物がパイプ内部に生成されたと考えられるが、残念なことにこの時はパイプ内雰囲気の窒素酸化物濃度の測定は行なわれなかった。夏期停止時にこのパイプ内のスミア調査が行なわれ、パイプ内部、Oリングに硝酸が付着していることが確認された。

現在のところ硝酸の付着によるビームライン機器の損傷は認められていないが、ビーム電流が約2桁上がった場合を想定して機器の設計は慎重に行なわなければならない。また、ビーム照射量に対する硝酸化合物の生成量について定量的な知見を得ることも重要である。

冷却水の放射化では、陽子による酸素原子核のspallation反応によって$^{3}$Hが生成され、電磁石冷却水のトリチウム濃度の上昇が問題となる。冷却水の排水の際は放射線濃度を30 Bq/cc以下にするという基準があるため、ビームライン電磁石やターゲット冷却水でトリチウムがどのくらい生成されるかについての見積りを行なうことは冷却水の循環・排水設備や施設の運転シナリオ等にも関わってくるので重要である。

現在のところ12 GeV-PS施設での冷却水中のトリチウム濃度とビーム損失をスケールすることによって大強度陽子加速器計画の素粒子原子核実験施設での水の放射化や、排水設備及び運転シナリオが見積もられている。マクロな点からの考察も重要であるが、最も放射線の強い二次粒子生成標的とその周辺の電磁石の冷却水でのトリチウム濃度をミクロな点から調査し、理解を深めることも重要であると考える。

これらの点をふまえ、我々は現行のPS施設において硝酸やトリチウムの生成濃度を定量的に測定する実験を行なった。


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Yoshinori Sato
平成14年9月11日